Mon.

若冲の親友

先週末、『プライスコレクション 若冲と江戸絵画展』にちなみ、山下裕二氏の講演会へ行ってきました。これで3週連続で美術館へ足を運んでいます。週刊若冲です。

山下氏は明治学院大の教授でいらっしゃいますが、部外者の私にとっても本や雑誌を通じて日本美術の楽しさを教えて下さった方、云わば恩師です。最近では主に『和樂』(小学館)で毎月あれこれ教えていただいています。
山下氏の文章は私でも理解できる読みやすさでありながら、画家や作品についての知識を深めることができ、ひいては日本美術への興味を掻き立てるものです。そのような読んで楽しいお話を直接伺える機会です。押し掛け書生としては知らん顔はできません。

お書きになるもの同様、笑いを交えた巧みな話術で90分があっという間に過ぎました。
テーマは「若冲の親友 ジョー・プライス物語」。
若冲とプライスさんにまつわる逸話はもうすっかり有名になりましたが、直接親しくしていらっしゃる山下氏ならではのエピソードもいろいろお聞かせくださいました。

プライスさんは絵画の蒐集だけではなく、絵の良さを広く伝えることにも力を注いでいらっしゃいます。その昔東京国立博物館で展覧会を開いた際に、作品の輸送費をすべてプライスさんが負担したことはよく知られています。その精神は若冲が人気絵師となった現在も変わらず、昨年出た雑誌『BRUTUS』若冲特集号(若冲風呂の写真が面白かったですね)の取材では、山下氏曰く「かかった取材経費は往復の飛行機代だけ」。
その時以外にもプライス邸は日本美術の研究者には広く開放されていて、泊めてもらえるばかりか「空港まで迎えに来てくれるんです」「冷蔵庫には食べ物がいっぱい入ってるんです」とのお話に、真の大金持ちは違うな、たいしたものだと感じ入りました。

なにやらプライスさんのお話に終始したみたいになってしまいました。もちろん画家や作品にも触れられています。もっとも印象に残った点をここに。

伊藤若冲の「形」への執着心は凄まじい。それは鳥の羽、葉の虫食いなどの描写から感じられるます。もう一点、雪の描き方にも特徴があります。若冲の雪は妙に粘着質なのです。さらさら、ふわふわの雪ではありません。(作例はこちら。展覧会サイトの画像が大きいのでリンクにします)
生涯独身を通した若冲が同性愛者だった可能性があることから、この雪の描き方は性的なメタファーであると考えられるそうです。

......そ、そうですか......。
同性愛者でも全然構わないのですけれど、雪のお話は知らずにおきたかったです。これから見る度に思い出すことでしょう。
恥ずかしいなぁ。
art 日本美術 | cm:0 | tb:0 |
Sun.

天才たちの邂逅

チェーザレ 3?破壊の創造者 (3)待ちに待った新刊が出ましたよ。
『チェーザレ』3巻(惣領冬実 講談社)です。心待ちにしていたのに発売日は知らなくて、『Dark Seed』を買いに行った折りに発見、「わ、わ、わ、チェーザレだ!」と毛色のまったく違う2冊を同時購入いたしました。

1・2巻を読んだ時の熱情にはいささかの翳りもありません。なんて面白いのでしょう。2巻でダ・ヴィンチと出逢ったチェーザレに、今度はマキャヴェッリが接近します。あぁ、あの人がマキャヴェッリだったなんて! 変なヘアスタイルをしているから、てっきり悪の手先だと思って警戒していましたよ。人を見かけで判断してはいけません。
そして前回はチェーザレって本当はいい人なんだと思いましたが、やっぱり酷い人かもしれないと考え直しています。このままではアンジェロはいずれ痛い目を見そうです。

この作品は物語だけではなく衣装や小道具、背景に至るまで描き込みが素晴らしいです。さらに装丁が良いです。マンガなのにカバーに絵が無いのです。画像にある絵は帯です。外すとコミックとは思えない品格のある顔になります。いえ、絵に品格が無いと云うのではありませんよ。絵は美麗です。中にカラーページも再録されていて、それはもうきれいです。ただ一般にコミックはごちゃっとした装丁のことが多いですから、『チェーザレ』の潔いシンプルさは注目に値すると思うのです。カバーの紙が手垢の付きやすいものなのが難点ではありますが。

巻末にはしっかりとした解説がついています。これを読むのも楽しみの一つです。参考文献も挙げられていて、どんな本かなと興味が湧きます。基本になっているのはサチェルドーテ版チェーザレ・ボルジア伝です。イタリア語の本! なんてすごいのでしょう......と毎回同じことに感嘆する私は、なんとまぁ間が抜けているのでしょう。感想を少しは進歩させたいので、そうだ、4巻がでるまでにこの時代のことを勉強しましょう。そうすれば同名異人や名前が似ている人がこんがらがって困ることも減るかもしれません。そうだそうだ、そうしよう。
......で、どこから始めれば良いのかしら......?

ちなみに作者惣領冬実さんのサイトでは、設定についての細かいお話や作中には書かれなかった歴史のお話が読めます。「Information」から「Work's Information」へ進むとあります。

......え? 初版にミス!?
livre コミック | cm:0 | tb:0 |
Sat.

ロバと暮らそう

わたしのろば ベンジャミンロバがいる風景。その理想型がこの本です。
『わたしのろば ベンジャミン』(ハンス・リマー こぐま社)。よく知られた写真絵本で、私にとっても『イエペはぼうしがだいすき』と並ぶ大好きな1冊です。

小さな女の子スージーはロバのベンジャミンが大好き。遊ぶ時も寝る時もいつも一緒です。ロバは馬と比べてずっと小さな動物ですが、スージーさんがこれまた小さな子なので、並んでいると本当にかわいらしいのです。ベンジャミンの顔からはロバの穏やかな性質がよく感じられます。また、スージーさんがどんなにベンジャミンが好きかという気持ちがどのページにもいっぱいで、本を開く度にこんな風にロバと暮らせたらいいなぁと憧れます。

この本が作られたのは30年近く前ですから、全体に昔の絵本の雰囲気が漂います。写真は全て白黒ですが、色の無いことがこの本の魅力を削ぐことはありません。
スージーさんとベンジャミンはきっと、ず〜っと仲良く暮らしたのだろうと思います。

それにしてもロバというのはみんな素敵な名前を持っているものです。
ベンジャミン、プラテーロ、モデスチン......どれをとってもロバにうってつけですよ。
livre 絵本 | cm:0 | tb:0 |
Fri.

ロバと旅する

旅は驢馬をつれてまたロバの本ですよ。
『旅は驢馬をつれて』(スティヴンスン みすず書房)、『ジキル博士とハイド氏』『宝島』のスティーヴンソンさんが、ロバと旅をした記録です。

スティーヴンソンさんは旅立つにあたり、ロバのモデスチンを買います。モデスチンには荷物(スリーピング・バッグ)を運ぶという大事な役割があるのですが、忠実な旅の伴と云うよりは気ままな女の子。スティーヴンソンさんは前に進むために、彼女を押したり突ついたり叩いたり。「つける薬のない馬鹿」などと散々な云い様です。こう書くとまるでロバいじめですが、まぁそう云われても仕方ないよねと思うほど、モデスチンはマイペースなのです。
でもこの二人(一人と一頭)の間には、確かに愛情と信頼が築かれてゆくのです。

モデスチンがスリーピング・バッグを上手く運べないのは、結局のところ荷物が多過ぎるからだ。そう判断したスティーヴンソンさんは荷を減らすことにします。その時、自分用の白パンは放棄したのに、モデスチンのための黒パンは迷わず保持するのです。この部分は別段ドラマティックな記述でもなんでもありませんが、思い出すと嬉しくなる場面です。

この本の主眼はロバではなく旅ですから、モデスチンの出番はそう多くありません。そう多くない中、モデスチンにパンを食べさせる場面が再三再四登場します。スリーピング・バッグ持参ですから野営することしばしば。疲れきってようよう今夜の寝場所を決めると、まずは「モデスチンにパンを裂いてやり」、翌朝目が覚めるとまた「モデスチンにパンを裂いて」やるのです。ここにスティーヴンソンさんの真っ当な気持ちの有様が見えます。

12日間の旅では、最後までモデスチン溺愛には至りません。スティーヴンソンさんの足はまだ止まりませんが、ワイルドな旅程にモデスチンが休養を必要としたため、二人はお別れすることになります。この期に及んでさえスティーヴンソンさんは「売り飛ばす」などという物云いをして、実際買ったときと同じくあっさりとモデスチンを売ってしまいます。
ところが一人になって少しすると、突如モデスチンへの想いが胸に込み上げてくるのです。最後のあたりの文章は、モデスチンへの最大の賛辞です。読んでいる私もモデスチンとのお別れが悲しいうえに、離れて想うこの感情にひどく揺さぶられました。
次のご主人は良い人だろうか、ちゃんと黒パンを貰っているだろうかと、今も日々モデスチンに憶いを馳せています。
livre 海外文学 | cm:2 | tb:0 |
Wed.

enfant perdu

これからラテン語をどうやって勉強してゆくのか。
降って湧いた大問題ですよ。

基礎は一通り終えていますし問題集なども持っていますから、とりあえず独学の道へ進むのですが、絶対うやむやになって遠ざかってしまうと自信を持って云えるのです。何事においてもやる気ばかりの怠け者です。
私のような暖簾に腕押しな生徒に教えてくださる先生を探しています。

ラテン語を学ぶ場所と云ってまず浮かぶのは、大学です。ラテン語の授業がある大学は結構あります。でも今から大学生になるのは少々困難です。
次に語学学校ですが、これはもう一にも二にもアテネ・フランスです。フランス語学習者としても憧れの学校です。通ってみたい気はありますが、さすがに東京は遠すぎます。私が住んでいる田舎町の語学学校ではラテン語クラスなどありません。

次なる候補はカルチャーセンターです。私がラテン語を始めて先生に出会ったのも、カルチャーセンターがきっかけでした。そして1つだけ知っているのです。現在ラテン語講座のある所を。
しかも講師は國原吉之助先生です。これがいちばん興味のある講座ですけれど、どんな授業なのかが判らないのです。中級向けらしいです。私は中級を名乗って良いものでしょうか。
今まで一緒に勉強してきた方もこの講座をご存知で、聞けば「10年ぐらい前にはあった気がする」とのこと。そんなに長く続いているのなら、ひょいっと混ぜていただけるものか不安です。もし時間をかけて長い文献を読み込んでいたりしたら、途中参加は難しいかなとどんどん消極的になっていって......。

ラテン語の感覚を忘れないうちに次なる一手を打たなければと、俄に焦っている次第です。
やれ困った困った。
langue ラテン語 | cm:8 | tb:0 |
Tue.

amis

楽しみにしていた「プライスコレクション 若冲と江戸絵画展」へ行ってきました。
お天気があまり良くなかったせいか空いていて、ゆっくり見ることができました。先日お聞きしたプライスさんのお話を思い出しつつ、半日楽しみました。

いちばんのお目当ては、長沢蘆雪『白象黒牛図屏風』です。

白象黒牛図屏風


画面からはみ出んばかりの、と云うよりもうはみ出ちゃっている大きな象と牛。白い象の背中には黒い鴉が、黒い牛の傍らには白い子犬がいます。これにより「象/牛」「象/鴉」「牛/子犬」の3つの黒白の対比と、「象/鴉」「牛/子犬」の大小の対比が生まれます。なんとも上手い構図です。

そしてなにより、みんなが仲良さそうな雰囲気があって、見ているとにこにこします。象と牛はとても大きいですが、凶暴さはまったく感じられません。象は鴉に向かって「まぁゆっくりしておいきよ」と云っているようですし、ぽてっと座った子犬のくつろいだ顔を見れば、牛の気立ての良さが判るというものです。

この作品は屏風自体が大きくて、象と牛はどーんと大きく存在感があります。
またこの屏風ばかりではなく、他にも多くの作品がガラスを隔てずに直接見られるような展示がされていました。これはプライスさんの強い意向だそうです。
確かにガラス越しだとどうしても色合いや質感が伝わりにくくなりますし、ガラスに写り込んだ自分が邪魔で見えない! という経験も一度や二度ではありません。けれども作品保護のためにはそうするしかないことも重々承知しています。
この「見え方の違い」は学芸員の方々にとってもジレンマなようで、最近の展覧会(とりわけ日本美術)では裸で見せていただける機会が少しずつ増えています。作品の状態と展示環境を見極めるのは大変なことだと思いますが、見る側としては嬉しい傾向です。多くの人の配慮と努力に感謝しています。

展覧会には気に入った作品が幾つもあって、もしも私がご隠居様だったら毎日通うのにと思うほどでした。図録はもちろんのこと、折って屏風のように飾れるポストカードも買いました。『白象黒牛図屏風』と若冲の『鶴図屏風』『鳥獣花木図屏風』、3種類とも購入です。
途中で展示替えがあるので、その後もう一度見に行く予定をしています。

帰りに無印良品で、気になっていた「黒バウム」を買いました。
中まで真っ黒でおいしいですよ。
しゃっくりが止まりません。


*画像は展覧会公式ブログよりお借りいたしました。
art 日本美術 | cm:0 | tb:0 |
Mon.

訃報

一昨年よりラテン語を教えていただいていた先生が急逝されました。
思いがけない事態に動転しています。

春期の講座が先週始まったばかりなのですが、実は授業のある金曜日の夜がふさがってしまったのです。そこで「しばらく行けません」とメールを送ったのが水曜日。翌木曜日には先生から「それは残念。資料を送ろうか」とお返事をいただきました。
年明けに入院されていたのを知っていましたから案じていましたところ、添えられていた近況からはもうすっかりお元気になられた様子が窺え、よかったよかったと安心していました。
そして金曜日の授業でも、いつも通りだったと聞きました。
本当に、急なことだったのです。

講座はこれで中止になります。講座そのものよりも、私ともう一人の方が教えていただいていた、時祷書の勉強ができなくなるのが残念です。私たちにとっては自分用の課題でしたが、先生は美術館の所蔵品を研究されていたのですから、これがどうなるのかも気になります。どなたか引き継いでくださるでしょうか。
そしてこれからラテン語を誰に教わればよいのでしょう。

最後の授業(とは誰も思っていなかったはずです)に参加できなかったのが今更ながら悔やまれます。思い起こせば去年の最終回も欠席していたのでした。不義理の連発で本当に申し訳ないです。
今夜がお通夜で明朝葬儀です。どちらも行けません。そんな自分にがっかりです。

先生、たいへんお世話になりました。
ずっとだめな生徒でごめんなさい。
ありがとうございました。
jour 日々のこと | cm:0 | tb:0 |
Sun.

lettre

和樂5月号(小学館)を読んでいたら、ゴールデン・ウィークに面白そうな展示があるとの記事が載っていました。

場所は京都の妙法院
公開されるのは、1588年にポルトガル領ゴアの副王から豊臣秀吉に送られた羊皮紙の書簡です。キリスト教弾圧をちょっとどうにかしてもらいたいんだがという内容だそうですが、このお手紙のきれいなことといったら!

本文の上部と左右の欄外に、鮮やかな色で絵が描かれています。軍神マルスを中心にして、様々な盾紋章や人物像があります。リボンがひらひらしていて華やかに見えますが、本当はリボンではないのかしらとも思います。

本文も美しく整った書体で、最初の飾り文字Cの輪っかの中には秀吉の桐紋があしらわれています。気の利いた演出です。そういう意味ではないのかな?
これはポルトガル語で書かれているのでしょうか。ラテン語やフランス語となんとなく似ていて、読めそうで読めない文章です。

この書簡は昭和30年に国宝に指定されています。こういう舶来物も国宝になるのですね。知りませんでした。
公開は4月27日から5月6日までと、ごく短い期間です。
もっと近くなら出かけたいところですが、生憎そういうわけにもまいりません。雑誌に掲載されている図版がわりと大きくてよく見えますから、今はこれでいいやと思っています。とっておくことにしましょう。
art 西洋美術 | cm:0 | tb:0 |
Sat.

dona eis requiem

もうすぐゴールデン・ウィークですよ。
私は休暇ではないのでこれといった計画はありませんが、もしもお休みだったら、LA FOLLE JOUENÉEに行ってみたいです。
今年のテーマは「民族のハーモニー」で、ロシアや東欧、北欧の作曲家が多く取り上げられるようです。

昨年同様たくさんの演奏会が開かれる中、いちばん興味があるのがミシェル・コルボさんのフォーレ『レクイエム』です。
フォーレ:レクイエムコルボさんはもう4回もフォーレクを録音されていて、コルボと云えばフォーレク、フォーレクと云えばコルボという気がします。私が好きなのはこちら、クリュイタンス盤と双璧を成す、フォーレクの名盤として名高い演奏です。

その昔、フォーレの『レクイエム』は苦手でした。
あまりにも美しく清らかで、手応えが無いように思ったのです。レクイエムたるもの、もっと慟哭しなければというわけです。鎮魂歌などという重々しい日本語がそんなイメージを生んだのかもしれません。モーツァルトの『レクイエム』のような、強い嘆きを欲していました。

それがこの演奏を聴いて、印象が一変したのです。
人の死を嘆き悲しみ絶望するのではなく、死者の魂の休息を心から神に祈る。地上の生命を終えた人が高き処に迷わず向かえるよう、心を込めて送り出す歌だと不意に納得しました。
だからDies iraeが無くてIn Paradisumがあるのです。負の感情を排し、透き通った音楽が奏でられるのです。

合唱のサン・ピエール=オ=リアン・ド・ビュル聖歌隊については、このCD以外にはまったく知りません。コルボさんのおじさまにあたるアンドレ・コルボさんが指揮する合唱団だったそうです。
もともとこのフォーレクも、アンドレさんが聖歌隊と共に準備をされていたのでした。ところがコンサートを目前にして、アンドレさんはお亡くなりになってしまいます。コルボさんはアンドレさん追悼の意を込めて、残された団員たちと『レクイエム』を録音しました。聖歌隊にとってはただの演奏ではなく、本当のレクイエムとなったのです。
このことが歌に滲み出ているのでしょうか、静かな悲しみが漂うそれは素晴らしい演奏なのです。

dona eis requiem
dona eis sempiternam requiem


*聖歌隊のエピソードは、CDのライナーに収録されているコルボさんのインタビューよりご紹介いたしました。
musique その他少年合唱団 | cm:0 | tb:0 |
Fri.

café

NHKのラジオ講座、藤田先生の入門編は、最後の「ポーズ・カフェ」が良いです。
立花先生の時の「秘密を教えます」のようなものですが、今の方が面白いと思います。

「秘密を〜」はテキストに内容が全部書いてあり、私は生意気にも「読めば解るもん」などと云っていました。「ポーズ・カフェ」はテキストにはテーマがあるだけで、内容は聞かなければ判りません。そのテーマも立花先生の頃より興味を持てる内容です。「秘密を〜」がまったくの初心者向けだったのに対して、既に学習している人も視野に入れているのではないかと想像します。

この「ポーズ・カフェ」ではシルヴィ先生がフランス語でお話しされます。これが聞き取りの練習になるのはもちろんのこと、話したり作文したりというアウトプットの参考にもなるのです。
シルヴィ先生のお話は普通のフリートークに見えて、その実フランス語の基礎を一通り勉強した人、例えばラジオの入門編を1〜2回完走した人なら理解できるような語彙・構文に絞られています。ということは単語力も文法力も乏しい私でも、あれぐらいの内容を話せる(書ける)はずなのです。

テーマ自体は決して参考書の例文のような単純なものではなく、日常会話の中であってもおかしくないようなものばかりです。そこでこのコーナーを活かそうと、ディアローグをやる15分間は放送を聞き流しながら(先生ごめんなさい)、その日のテーマについて頭の中で作文するようになりました。なかなかうまくいきません。日本語でなら何かしらお話しできますのに、フランス語で文章を作ろうとすると単語に詰まったり前置詞に詰まったリです。云いたい言葉がすぐにフランス語で出てこなければ、知っているもっと簡単な表現に云い替えることができなくては、と思います。

一人で勉強していると、どうしても「読む」「聞く」の入力作業に偏りがちです。出力も上手にできるようになりたいです。
langue フランス語 | cm:0 | tb:0 |