lire le français:パリ木の歴史①
興味のある分野の文章をフランス語で読むと良いですよ、と尊敬する家うさぎ様からアドバイスをいただき、私もやってみるの〜と素材を探していました。
なにしろ『リサとガスパール』がやっとこさの仏語力です。いくら好きでも小説や歴史書や美術書では背伸びし過ぎです。これだというものが思いつかず難航していました。
閃きのきっかけは1枚のCDでした。ドイツのレーベルから出ているもので、曲名も解説も全部ドイツ語だけで書かれていたのです。ドイツのCDは英訳が付いていることが多いので、これは珍しいと思うと同時に、曲名ぐらいは知りたいなと歯痒くもありました。これがフランス語だったら辞書を引いてなんとかするのに......そうだ! CDのライナーを読むのはどうかしら。
そんなわけでフランス語のライナーの付いたCDを探すと......あまり持っていませんでした。フランスの聖歌隊のCDがなかなか手に入らないからです。ドイツのCDが英独仏の三か国語を載せているのが少しあるぐらいでした。ちょっとがっかり。
ここから連想したのが「フランスの少年合唱団のサイトを読んでみよう」という企画です。これならいろいろある筈です。まさしく興味のある分野ですし、うってつけではありませんか。
素晴らしい思いつきにうきうきしながらサイト訪問です。
ありました、パリ木の十字架少年合唱団。コンサートの予定やCDリストを訳しても仕方がありませんから、Historiqueのページにしましょう。
本当は対訳形式にできると良いのですが、それだと無断転載でルール違反になるかもしれません。せっかく教材に使わせていただくのに、恩を仇で返してはなりません。リンクを貼るだけにしますので、ここは私の下手な試訳で我慢してください。
第1回目は冒頭から『PARIS MATCH』誌の画像の直前までです。
原文はこちらです。
✩試訳✩
1906年夏、サヴォア(フランス南部)のタミエ大修道院で休暇中の2人の若い学生が、夢のような計画を立てます。子供たちの聖歌隊を作る。それは教会から教会へ、町から町へと行き、真の宗教音楽が生きている証を運ぶのです。
その夢は、翌年にはもう現実のものとなります。お金よりも豊かな情熱でもって、我らが2人の若者はパリの外れにあるボロ家に住みつき、最初の子供たちを迎えます。
パリ木の十字架少年合唱団の誕生です。
第1回目の稽古は1907年1月10日に行われました。そして最初のオーディションがサン・ジェルマン・ロセロワ教会(パリ)で行われました。成功はすぐそこです......。
合唱団はまずパリで評価され、すぐにフランス全土に広まりました。
彼らの歌の質、声の純粋さは、その音楽スタイルに反して広まり、驚きと熱狂を引き起こします。
白い祭服に、首には小さな木の十字架が見えます。それは彼らの簡素さにおいて、再生のしるしのようです。
パリ木の十字架少年合唱団の歴史が始まります。
まもなく1914-18年の戦争(第一次世界大戦)という試練を体験します。戦争は彼ら仲間たちに猛威を振るいます。けれど何物にも信念を傷つけることは出来ません。騒乱の後、かつてないほど決然として、養成所は続いてゆくのです......。
(つづく)
✩疑問点✩
2行目:qui semble tenir du rêve
tenirがうまく訳せません。「夢を掴む、非現実的な」ということか
「夢に執着する」なのか迷いました。
6行目:un faubourg parisien
les faubourgs de Parisで「パリ郊外」と辞書にあります。
パリの内側か外側かで使い分けるのでしたっけ。
どこかでこんなようなことを見た気が......。
17行目:L'histoire
「歴史」か「物語」かどちらが相応しいでしょうか。
17行目:le Manécanterie
「聖歌隊養成所」が1語で表せることにびっくり。
でも女性名詞なのです。スペルミス?
あの......「云いたいことは何となくわかるけど、でも日本語ヘンですよ」という文章になっています。おかしいなぁ、あんなに頑張ったのに。
原文を別途参照してくださいとお手間を取らせて申し訳ありませんが、間違い勘違いをご指摘いただけましたら幸いです。誤訳をしている場合は、決して悪意あってのことではありませんので、どうかご容赦ください。すぐに訂正いたします。
へたっぴですが続きも読みたいと思っています。
パリ木って学生さんが始めたのですね。
なにしろ『リサとガスパール』がやっとこさの仏語力です。いくら好きでも小説や歴史書や美術書では背伸びし過ぎです。これだというものが思いつかず難航していました。
閃きのきっかけは1枚のCDでした。ドイツのレーベルから出ているもので、曲名も解説も全部ドイツ語だけで書かれていたのです。ドイツのCDは英訳が付いていることが多いので、これは珍しいと思うと同時に、曲名ぐらいは知りたいなと歯痒くもありました。これがフランス語だったら辞書を引いてなんとかするのに......そうだ! CDのライナーを読むのはどうかしら。
そんなわけでフランス語のライナーの付いたCDを探すと......あまり持っていませんでした。フランスの聖歌隊のCDがなかなか手に入らないからです。ドイツのCDが英独仏の三か国語を載せているのが少しあるぐらいでした。ちょっとがっかり。
ここから連想したのが「フランスの少年合唱団のサイトを読んでみよう」という企画です。これならいろいろある筈です。まさしく興味のある分野ですし、うってつけではありませんか。
素晴らしい思いつきにうきうきしながらサイト訪問です。
ありました、パリ木の十字架少年合唱団。コンサートの予定やCDリストを訳しても仕方がありませんから、Historiqueのページにしましょう。
本当は対訳形式にできると良いのですが、それだと無断転載でルール違反になるかもしれません。せっかく教材に使わせていただくのに、恩を仇で返してはなりません。リンクを貼るだけにしますので、ここは私の下手な試訳で我慢してください。
第1回目は冒頭から『PARIS MATCH』誌の画像の直前までです。
原文はこちらです。
✩試訳✩
1906年夏、サヴォア(フランス南部)のタミエ大修道院で休暇中の2人の若い学生が、夢のような計画を立てます。子供たちの聖歌隊を作る。それは教会から教会へ、町から町へと行き、真の宗教音楽が生きている証を運ぶのです。
その夢は、翌年にはもう現実のものとなります。お金よりも豊かな情熱でもって、我らが2人の若者はパリの外れにあるボロ家に住みつき、最初の子供たちを迎えます。
パリ木の十字架少年合唱団の誕生です。
第1回目の稽古は1907年1月10日に行われました。そして最初のオーディションがサン・ジェルマン・ロセロワ教会(パリ)で行われました。成功はすぐそこです......。
合唱団はまずパリで評価され、すぐにフランス全土に広まりました。
彼らの歌の質、声の純粋さは、その音楽スタイルに反して広まり、驚きと熱狂を引き起こします。
白い祭服に、首には小さな木の十字架が見えます。それは彼らの簡素さにおいて、再生のしるしのようです。
パリ木の十字架少年合唱団の歴史が始まります。
まもなく1914-18年の戦争(第一次世界大戦)という試練を体験します。戦争は彼ら仲間たちに猛威を振るいます。けれど何物にも信念を傷つけることは出来ません。騒乱の後、かつてないほど決然として、養成所は続いてゆくのです......。
(つづく)
✩疑問点✩
2行目:qui semble tenir du rêve
tenirがうまく訳せません。「夢を掴む、非現実的な」ということか
「夢に執着する」なのか迷いました。
6行目:un faubourg parisien
les faubourgs de Parisで「パリ郊外」と辞書にあります。
パリの内側か外側かで使い分けるのでしたっけ。
どこかでこんなようなことを見た気が......。
17行目:L'histoire
「歴史」か「物語」かどちらが相応しいでしょうか。
17行目:le Manécanterie
「聖歌隊養成所」が1語で表せることにびっくり。
でも女性名詞なのです。スペルミス?
あの......「云いたいことは何となくわかるけど、でも日本語ヘンですよ」という文章になっています。おかしいなぁ、あんなに頑張ったのに。
原文を別途参照してくださいとお手間を取らせて申し訳ありませんが、間違い勘違いをご指摘いただけましたら幸いです。誤訳をしている場合は、決して悪意あってのことではありませんので、どうかご容赦ください。すぐに訂正いたします。
へたっぴですが続きも読みたいと思っています。
パリ木って学生さんが始めたのですね。
- musique パリ木の十字架少年合唱団
- cm:4
- tb:0
- 2007.05.29
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