ちょっと太めで冴えない男の子が、転入生の女の子との出逢いで少しずつ変わっていく......という予備知識だけで読み始めました。

『ファイヤーガール』(トニー・アボット 白水社)。
その赤くてかわいらしい表紙から、てっきり炎のように元気な女の子か、あるいはエキセントリックな女の子がやって来て、地味な少年を振り回すお話かと思いました。
予想は大きく裏切られ、たいへん感銘を受けました。
主人公のトムはクラスでも目立たない少年。前に出て行く性格ではないけれど、同じクラスの美人で賢いコートニーに秘かに憧れています。
いつもコートニー相手に想像をしているのですが、それは「喋れたらいいな」「手をつなぎたいな」なんてかわいらしいものではありません。「攫われたコートニーを救い出す」「悪漢に襲われるコートニーを救い出す」「地球の危機からコートニーを救い出す」などなど、非常に大規模な妄想です(笑)。
いつも遊ぶ友人はいるものの、仲良しと云うより利用されているだけのトム。妄想世界で大活躍しつつもそれなりにお気楽な毎日を送っていましたが、転校生の出現で歯車が少し狂います。
彼女の名はジェシカ。外見に、信じられないような大きな特徴がある少女です。
ただでさえ転入生は溶け込むまでが大変なもの。クラスの皆は彼女の見た目をどう扱えば良いのか困惑し.....とりあえず、関わらないことにします。
こういうことは、今も昔もどこででもあるのではないでしょうか。
あからさまな「いじめ」ではありません。ジェシカに対する怯えと不安を言葉の暴力に変換してしまう子もいますが、ほとんどの子供は何もしません。
ただ、トムだけが冴えない性格ゆえに彼女と近づいていくのです。
心の中では「いやだよ勘弁してよ、もぉ〜」とわめいても、先生に宿題を持っていってあげてと云われれば「はい」と受け取り、ジェシカのお父さんに呼び止められれば「はい」と着席してしまいます。
そしていつしか気づくのです。
「何もしないこと」も1つの行為であると。
その気づきがトムをほんの少しだけ変えます。
いきなりスーパーボーイにはならなくても、今の彼はジェシカと会う前のトムとは明らかに違うのです。
子供達の心の揺れが丁寧に描かれた作品です。
ともすればナーバスになりがちな物語ですが、素直な優等生ではなく常に逃げ腰のトムを語り手にすることによって、軽やかさが保たれています。


最初にかわいいと思った表紙は、ある重要な場面を象徴的に表現したデザインでした。翻訳の代田亜香子さんの後書きによると、彼女も原書を読んだ時に表紙の意味を知って衝撃を受けたとか。
おやと思って見ると、日本語版も原書の装丁そのままでした。(でも何故か反転)
確かにこれは変更したり手を加えたりしない方が良いと思います。
トムとジェシカ以外に注目したいのが、トムの友人ジェフ。家庭の事情で不安定な彼は、嘘と質の悪い冗談と強がりでめちゃくちゃな子です。ただ、トムを従えることでしか足下を確かに出来ない少年の精一杯は、本書の中でもう1つのドラマになっています。