虫干し始めました
失意の只働き。くすんくすん。
こんな時はBGMに、虫干しを兼ねて普段出番の無いCDやDVDをひっぱり出してきます。
今日はDVDです。これを見るのは2年振りぐらいな気がします。
そして机の上は工作道具でいっぱいです。特殊工作部隊(隊員一名)。
『ローマ教皇ベネディクト16世就任祝賀コンサート』。タイトル通り2005年10月20日に開かれた、現法王ベネディクト16世の就任を祝うコンサートの模様です。会場はヴァチカンのパウロ6世記念講堂。
発売当時はまだ前法王ヨハネ・パウロ2世の印象が強く残っていて、新法王の若々しさ(おじいちゃんですけれど)がどうもしっくりきませんでした。
あれから2年。今見ると何の違和感も無く「やぁ、法王様だ」と思います。これが時の流れというものなのですね。
オープニング・クレジットの後、ホールの客席を通ってベネディクト16世登場。
ここで驚いたのは、通路の両側にひしめく人々の中からデジカメやビデオカメラ、携帯電話を持った腕がにょきにょきと伸びて、法王を撮りまくることです。握手を求める手が出てくるのは知っていましたが、こんな風に写真をバシバシ撮っても良いんだぁ、と変な感心をしてしまいました。
演奏はクリスティアン・ティレーマン指揮ミュンヘン・フィル管弦楽団と、アテスティス合唱団。そしてレーゲンスブルク大聖堂聖歌隊です。
コンサート冒頭の3曲は、レーゲンのア・カペラです。(よってこの3曲のみ指揮はビュヒナー氏)
パレストリーナの『教皇マルチェルのミサ』からKyrie。私はこの曲をタリス・スコラーズの演奏で親しんでいて、少年合唱ではこのレーゲン版しかしりません。タリスとはまた違う透明感があります。繊細な歌声はこの合唱団の持ち味ですね。真面目一徹な顔で歌う団員たちの後ろにカメラが回ると....笑顔全開で指揮するビュヒナー氏を堪能できます。
2曲目はゲオルク・ラッツィンガー『聖年のミサ曲』からSanctus。レーゲンの音楽監督として知られた名ですが、現法王の実兄であることはこのDVDの解説で初めて知りました。一昨年の衝撃。
『聖年のミサ曲』はレーゲンスブルク大聖堂で小雀たちにより初演された曲です。
メンデルスゾーンの詩編91『主は天使たちに命じられた』が終わると、指揮がティレーマン氏に替わり、ミュンヘン管と共にモーツァルト『Ave Verum Corpus』とリストのオラトリオ『キリスト』から1曲。
レーゲンの出演はここまでです。
この後はプフィッツナー(知らない人だな)の歌劇『パレストリーナ』から前奏曲を2曲、ヴェルディの『聖歌四篇』よりTe Deum(歌はアテスティス合唱団)、ワーグナーの『タンホイザー』序曲と続きます。
最後は「ローマ教皇のお言葉」です。
DVD購入時は、ひょっとしてラテン語で喋るのではと期待していました。ちょうどラテン語を習い始めて間もない頃だったのです。
残念ながらお言葉はドイツ語とイタリア語でした。
考えてみればこれは当然のことなのです。法王はもちろんラテン語ぺらぺ〜らですが、だからと云ってラテン語演説をしたのでは、会場を埋め尽くす大勢の人々が理解できません。とんだ早とちりでした。
お言葉の内容は、まずはコンサートに関わる人々への感謝。そして音楽が感じさせる神について。加えてその音楽が世界の平和につながるようにとの祈りを込め、結びとなります。
これが伊独2か国語で話されるのですが、同じことを2度云うのではありません。4分割されるお話の最初と最後がイタリア語で、真ん中がドイツ語でした。この方法で全員が全体を理解することが出来たのでしょうか。ちょっぴり不思議です。
ひさしぶりに見たのでなんだか新鮮でした。
またしばらく棚でゆっくりしていただくとしましょう。
✻ merci pour vos commentaires ✻
懐かしく拝見しました
おお、レーゲンスブルクですか。2004年に来日公演を聴きました。懐かしいですねー。
そうそう、現教皇は、ビュヒナー先生の前任者ラッツィンガー先生の実兄なんですね。自分も昨年暮れに山野楽器で買ったCDで、その事実をはじめて知りました(いまごろ?)。このDVDも、そんなつながりで制作されたのでしょうか…。
なおレーゲンスブルクにも、かつてはケルト修道士が設立した修道院があったそうです(現在の大聖堂とは直接の関係はありません)。
2008.03.24 Curragh edit
「あった」ですか?(Curragh様へ)
かつてあった、ということは現在は無くなっているということですか。
修道院も大好きアイテムです。修道院についての本を読むと「あと1500年ぐらい早く生まれていたら修道士になったのに」と思い、大聖堂の本を読むと「やっぱり大聖堂が1番よ」と思ういい加減さですが。
さて、レーゲンです。
おお、生でお聴きになったことがおありですか。なんとまぁ羨ましいこと。
私にとっては法王様のご本名「ヨーゼフ・アロイス・ラッツィンガー」より、ゲオルク・ラッツィンガーの名の方が遥かに有名でした。兄弟と知ってもうびっくりでしたよ。
だって、自分の兄弟がローマ法王だなんて、そうそうあることではありませんもの。
ここでご紹介したDVDは既に廃盤のようです。
一昨年出たばかりなのに....。
2008.03.24 すい→Curragh様 edit
きちんと調べてはいませんが
ケルト修道士は、荒廃した大陸各地を放浪しながら、ものすごい勢いでアイルランド式修道院を設立していきましたが、たいていはその後勃興した――そして西欧修道院制の規範的存在となる――ベネディクト会修道院に取って代わられ、司教区が整備されたあとはローマ教皇が承認したものだけが修道院として残っています(といっても宗教改革時に大半が破壊されましたが)。というわけで、おそらくケルト式のもともとの修道院は残っていないと思います。これはボーデン湖近くのザンクトガレン(聖ガル)を記念した修道院とて事情はおなじです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B6%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%AC%E3%83%AC%E3%83%B3%E4%BF%AE%E9%81%93%E9%99%A2
手許のCDライナーとWikipediaによると、レーゲンスブルクの司教区は739年に聖ボニファティウスによって設置され、そのころ設立されたSt Emmeramという修道院の院長が司教区を取り仕切っていたようです。いまのレーゲンスブルクの聖ペトロ大聖堂は、9-10世紀にかけて建立された最初の聖堂が起源になっているようですね。
2008.03.25 Curragh edit
調べたことすら無いのです(Curragh様へ)
こういう細かな差の積み重ねが、人としての大きな違いになってゆくのですね...。(遠い目)
ケルトが猛烈に勢力を拡大していったことはなんとなく知っています。が、それがベネディクト会に「取って代わられ」たのですか。
私の頭の中の修道院史はベネディクト会から始まっています。たぶん読んだ本がそういう構成だったのだと思います。
ケルトからの移行というのでしょうか、転換かな(?) があったと考えて良いのでしょうか。その場合、修道士ごと入れ替わったのか、修道士の頭の中だけが切り替わったのか....いやいや、ここからは自分で勉強します。私にも解る簡単な本があると良いな。
ザンクトガレンの名はさすがに私でも知っています。
写本がいっぱいある所、行ってみたいなという程度の知識ですが....。
大聖堂を見ると、ただもうその見た目にうっとりして終わってしまうのですが、歴史を知っているともっともっと楽しいのでしょうね。
勉強したいことがたくさんあるのは幸いなのか情けないことなのか、戸惑いを隠せない春の一日です。
2008.03.25 すい→Curragh様 edit
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